時間に対する考えの目覚め

思い返してみると私の父はまさしく中小企業のワンマン社長だった。

従業員はコロコロ入れ替わり、右腕となる人材も育たず、業績も伸び悩んでいた。何か脱却方法はないものかと日々苦しむ父を見て育ってきた。

その昔ながらのやり方が無意識に私の中にも染み着いていて、病院開業した当初の私は父に近いやり方で運営してしまっていた。

一方弟はというと、高校の時点で単身渡米し海外生活を送っていた。

ニュージーランドで私よりも一足先に起業したが、順調事業を拡大していき、当時の時点で経営者がいなくとも組織が回るような仕組みが出来上がっていたのだ。彼が一時帰国したとしても滞ることなく営業できていたのだ。

私はというと、きっかけとなった中小企業経営同友会で知らない知識ばかりが飛び交っていてプライドを打ち砕かれたというのに、弟にとってはそれが至極当然のことだったのだ。

その同友会に参加する以前は、「家族との時間が無くなるほど頑張らなくとも、生活に支障の出ない程度に収入を維持しつつ、医師として地域住民に医療を提供できていければいいかな・・・」などとぼんやり考えていただけだった。

私の考えていた基準はとても低かったのだと改めて実感する。

こうして自身の考えや病院の在り方を見つめなおし、自分や家族そして患者さんたちの為にも組織のレベルアップを図っていこうと決心したのだ。

少しずつでも、経営に関する学びへの時間も持てるよう努力し、奮闘する日々を過ごした。

そして私は、リスクをあまり考えず分院開設に着手した。

経営が安定し始め、物足りなさを感じていたさなかに知人が提案してくれた案だった。しかし、分院を開くと私は首が回らないほど多忙になってしまった。

給与は全員手渡し・同友会の際に聞いたスタッフ一対一面接を取り入れ・月曜から土曜まで診療はみっちり。平日だけで片付けられなかった業務は休日に。

スタッフ数も分院で増え、仕事量も倍になればそりゃあ首も回らない。

改善していく為、まずは診療方針の見直しから始めた。

水曜は代診という手段をとりその空いた時間をマネジメント業務に充てた。

そこから仕組みやマニュアルを整え、それを徐々にスタッフ業務に下していく。

これを積み重ね、少しずつ自分の業務とスタッフにお願いする業務を分けていき、時間を上手く管理できるようになっていった。

一つ達成したからと言って、私の学びは終わらない。

これからもまだまだ走っていきたい。